直情に火をつけろ,,,フィードバックも呑み込め!!

素直に生きていく、ということ

最近、強く思うことがある。
素直に生きていくことこそ、これがいちばん自分らしく生きていくやり方なのではないか。

誰かの枠にはまろうとしたり、
「こうあるべき」という外の声に合わせたりするのではなく、
自分の内側の感覚を大切にすること、、、

もちろんそれは、独りよがりになることでも、
周りの意見を無視して突っ走るという意味でもない。

むしろ、
フィードバックはちゃんと受け取る。
そのうえで、最終的に自分が進みたい方向へ進む材料にする。
このプロセスこそが、
“自分の人生を自分で握る”という行為だと思う。

■ 直情が一番、火をつける

最近特に感じるのは、
人を本気で動かすのは“理屈”よりも
直情的な感情だということ。

「何クソ……」
この瞬間に湧き上がる力は、本当に強い。
あの火力こそが、
想定の遥か外側の結果を生む。

大学合格のときもまさにそうだった。
誰も、自分が明治に行くなんて思っていなかった。
だからこそ、余計に火がついた。
その直情が、結果を引き寄せた。

誰かを出し抜きたいわけではなくとも、
こうした内側の衝動こそが、一番自分を前に進める。

■ “素直さ”には二つある

ここでいう「素直に生きる」は、二重構造になっている。

1. 自分の直情に素直であること

悔しい、負けたくない、やってやる。
この感情は、自分を遠くまで押し出してくれる。

2. フィードバックにも素直であること

人の声を聞き、必要なら取り入れ、不要なら置いていく。
その判断基準は“自分”に置いていい。

この二つの素直さを同時に持つことが、
最も健全で、最も強い。

どちらか一方に偏るとバランスを崩す。
直情ばかりだと暴走するし、
フィードバックばかりだと自分を失う。

両方を併せ持つとき、人は自分の人生を自分で舵取りできる。

■ 誰かである必要はない。自分でいればいい。

大事なのは、
自分がどう思い、どう考え、どう進みたいか。

他人の期待は無数にあるが、
自分の声はひとつだけ。

だからこそ、その声を大事にする価値がある。

■ 最後に

直情にも素直に。
フィードバックにも素直に。

たったそれだけで、
人はもっと自由に、もっと強く、もっと自分らしくなれる。

well being それではまた‼︎

育つ子の影を見送りながら、親は静かにたたずむだけ

子は育つ。気づけば、もう自分の道を歩き始めていた

受験を控えている娘を見ていると、勉強だけじゃなく、生活の一つひとつを自分でこなそうとしている姿に驚く。
誰に言われたわけでもないのに、気づけば前へ前へと進んでいく。
本当に「子は育つ」とはよく言ったものだ。

正直、こんな親でもちゃんと育ってくれたことに、ほっとするような、胸が温かくなるような気持ちになる。
少し遠回りをしながらも、この年までうちにいてくれた。その時間だけで、もう十分すぎるほど親孝行をしてくれたと思っている。

ここまで来ると、親の口出しが一番邪魔になるのかもしれない。
何か言いたくなる気持ちはあるけれど、ぐっとこらえて、騒がずに静かにサポートしなくちゃいけないとも感じている。

だから、これから先はもう親のことなんて気にしなくていい。
比べる必要もないし、

背伸びもいらない。

他の誰かになることはない。
君は君しかいない。

自分らしく進んでいけば、それでいい

well being それではまた!!

U2ボノがなぜスターであり続けるのか|声・思想・体型管理から学ぶ経営の軸

ボノ——声で世界を揺らすフロントマンの存在感と、40年変わらぬ“体現力”

ミュージシャンの中に「歌うだけでは終わらない人間」というのがいる。U2 のフロントマン、ボノはまさにその代表だ。

彼の声は、どこか祈りのようで、叫びのようで、時に語りかけのように近い。巨大なスタジアムを満たす声量なのに、たった一人の胸に直接飛び込んでくるような距離感がある。
この“遠さと近さ”の同居が、ボノという存在の不思議なところだ。

■ 楽曲が持つ「風景の広さ」

U2 を聴いていると、必ず風が吹く。乾いたアイルランドの風だったり、アメリカの大地の風だったり、時に紛争地の湿った空気だったり、曲ごとに違う風景が広がる。

その中心に立っているのがボノの声。
力でねじ伏せるのではなく、揺らぐ感情ごと差し出してくる。

・『Where The Streets Have No Name』の解放感
・『With or Without You』の静けさと痛み
・『One』の弱さを抱きしめるあの温度

中音域を張り上げた時の声は、人間らしさの塊だ。

■ 40年経っても変わらない“プロポーション”の説得力

ボノがすごいのは、声だけじゃない。
40年以上経った今でも、全く腹が出ていないあのプロポーションを保っていることだ。これは本当に驚異的だと思う。

やっぱり一流のスーパースターは、外見の管理まで含めてプロなんだと痛感する。

これは自分に強烈に突き刺さった。
膝の不調を理由に運動量が明らかに落ちて、お腹が前より目立つようになってきた。経営者として「見た目の管理」は最重要の管理項目だと頭ではわかっているのに、日々の忙しさに紛れて後回しにしていた。

声だけでなく、生き方も、そして体型も「継続と覚悟」で出来上がっている。
40年変わらないということは、40年“変わらない努力”を続けてきたということだ。

経営者に必要な信頼感、説得力、存在感――
それは言葉や成果だけではなく、立ち姿や佇まいからも滲み出る。

やっぱり見た目の管理は、経営者として避けて通れない道だと改めて感じた。

■ 理想と現実の谷間で歌い続ける男

ボノは巨大なテーマを背負うが、決してきれいごとだけでは終わらない。
世界が簡単には変わらない現実を知った上で、それでも諦めず、語り、歌い続ける。

理想と現実のあいだに踏みとどまるフロントマン。
その姿勢は、経営にも通じる。

■ 最後に

結局、ボノの魅力は「声」と「思想」と「見た目」をすべて貫く“覚悟”の総量なんだと思う。

そして、これを書きながら自分でも決めた。
膝を言い訳にせず、もう一段自分の身体に責任を持とう。
経営者としての説得力は、日常の積み重ねでしか作れない。

もし最近気持ちが停滞していたり、自分の軸が揺れていると感じるなら、久しぶりにU2を流してみるといい。
荒野に一本の道が見えるような感覚を、ボノの声が思い出させてくれる。

wel being それではまた!!

企業研修の集客課題と打開策|オンライン対応・時間帯変更で選択肢拡大

毎月の研修が応募ゼロになった、その意味と次の一手

毎月実施してきた研修が、ついに応募ゼロになった、、、
リピーターを獲得できず、新規も獲得できず、ついにここに至った。しかし、先日書いたように評価は相対的であり、絶対はない。そしてそれを自分が下せるものでもない。

だとすれば、自分ができることは「一日一番」を積み重ねることだ。
ここで集まらなかったから資料作りを止めちゃうか――それは違う。むしろ、ここで積み重ねられると考えるべきだ。研修事業は、そもそも積み重ねるためにやってきたものだ。顧客の痒いところに届かせるためには、ケースをたくさん作っておかなくてはならない。その機会のひとつを得たと考える。

集客ゼロでもやれることはある

現状、平日の午前中に実施していることがハードルになっている可能性はある。
夕方からの実施で選択肢を広げる、オンライン対応を加える――これらはやって損はない。集客ゼロでも、やれることはたくさんあることが分かる。

次月も実施する理由

数字だけを見れば撤退の判断もある。しかし、私の研修事業の本質は「積み重ね」だ。
次月も実施する。改善を重ね、選択肢を広げ、顧客に届く研修をつくり続ける

well being それではまた!!

確率は変えられない、戦略は変えられる

2026年、戦略を再定義する

2026年の事業計画を俯瞰すると、進むべき方向が明確になってきた。
継続顧問として関わる企業には、サービスをさらに深化させる。これは自分のコア領域であり、他者には代替できない価値だ。相手の動きが鈍いことに意味はない。こちらが動かざるを得ない状況を設計し、深度を増す。それが戦略だ。

スポット案件の現実と対応策

スポット案件は「あるときはある、ないときはない」。この構造は変えられない。イニシアティブは相手側にある以上、確率を操作することはできない。できるのは応募量を増やし、確定数を積み上げること。そして、準備を重ねることだ。スポットコンサルは有識者インタビューであり廃棄物リサイクル事業は自分のコアであり、最も磨き続けられる領域だ。アップデートを止めないつもりだ

リサイクル事業の転換点

業種解釈まで踏み込んだリサイクル事業は、過渡期にある。
「一定捨てても仕方ない」という発想はもはや通用しない。循環を演出し、プラスの発信に変えること。それが競争優位を生む。ここにこそ、未来をつくる鍵がある。

集中すべきは日々のアップデート

結局、戦略は積み重ねでしか形にならない。
2026年は、深化と準備、そして循環価値の最大化に集中する一年にしたい

well being それではまた!!